(次の)「ももいろクローバーZ(仮)」最初の日にあたって
2018年1月21日の早朝にこのブログを書いています。
今日は、僕が本当に好きだった、「ももいろクローバーZ」、高城れに、百田夏菜子、玉井詩織、佐々木彩夏、有安杏果という5人の女の子の集団の最後の日です。
1月15日、有安杏果さんの卒業発表は多くのモノノフさんたちを動揺させました。僕もその一人です。
動揺を少しでも抑えるためか、ももクロのメンバーたちは積極的にメディアに答えて、事情を説明して廻りました。もちろん、そこでは有安杏果さん自身の説明が中心になるわけですが、こういうタイミングで複雑な心境をちゃんと語ろうと頑張ってくれた有安杏果さんは立派だったと思います。
けれど、僕が一番心を動かされたのは、多分、ナタリーで読んだ他の4人のメンバーのコメントだったと思います。
だからこそ、"(今の)「ももいろクローバーZ」最後の日にあたって"と最初につけたこのブログのタイトルを、今のかたちに書き換えたんだ。
僕は前を向きたい。
『有安杏果さん、貴女を嫌いになりました。』というブログが話題になりました。いちいちもっともで、共感できたものでした。
けれど、一つだけ共感できないところがあった。
それは、「アイドル」であることをメンバーに求めすぎなのではないか、という一点でした。
「アイドル」は商品です。モノノフは「顧客」です。そういう意味では、それは全く正しい。自分の仕事柄、そこはよくわかります。
しかし、それだけなんだろうか。
有安杏果さんの卒業発表を受けてから、どうしても自問が止まらないのは、有安杏果さんをそう決断させたモノノフとしての立ち位置についてです。どうしてもそれが『敗北』に思える。
いや、それはある意味考えすぎなのです。
有安杏果さんには彼女なりの情報構造があります。そこでは、ご家族やその他の個人的に近しい人たち、事務所スタッフ、もちろんメンバー、そういった人から、ブログやその他、アドホックにしか触れられない遠くの人たち、距離のの濃淡があります。その中で、個人として考えた結果であり、そこに遠くに位置する私たちモノノフの挙動がどう影響するかといえば、微々たるものかもしれない。
でも、何かモノノフにできたことはあったのではないか、と自問し続けています。
一番そう思わせているのは、有安杏果さんが「卒業」という言葉を選んだ理由です。特に「お休み」とするのも避けたいというところです。
私たちモノノフは、彼女にとって、重荷になってしまっている。
この感覚がどうしても拭えない。
繰り返しますが、この経済社会において、「アイドル」は商品です。モノノフは「顧客」です。だからこそ、彼女たちに私たちはあれこれ要望、要求することが許されます。
しかし、それだけなんだろうか。
いや、確かにそういう「アイドル」たろうとしている彼女たちの姿勢に打たれてきた部分はあります。だからこそ、「アイドル」ではなく、「アーティスト」たろうとした有安杏果さんを批判することもわかるのです。
しかし、それだけなんだろうか。
私たちモノノフは、もっとメンバーを自由にしてあげる存在になれないだろうか。
僕は、前のブログでも書いたように、2014年の国立競技場を最後に、「ももいろクローバーZ」は解散すべきだと思っていました。しかし、それでも、「ももいろクローバーZ」をずっと続けるというメンバーの決意に付き合うことにした。
その時、脳裏をよぎったのは、これからの「ももいろクローバーZ」のことでした。
メンバー、それぞれの人生の歩み。恋愛もあるでしょうし、結婚とか、出産とか、離婚とかあるかもしれない。自分はアラフィフですから、さすがにメンバーの最期を看取ることはないでしょうが、同年代のモノノフにはそういうこともあるかも(本当は不慮の事故死や病死もありうるけど)。
その時に、モノノフは彼女たちの個人の幸せの追求をどう受け入れ、支えていけるのか、ということは漠然と感じていました。
ただ、同時に、モノノフならばそれができるのではないか、ももクロならばそういうモノノフにできるのではないか、と漠然と感じていました。
僕は、ももクロが好きです。
けれど、ひょっとしたら、それ以上に好きなのはモノノフ仲間かもしれない。
アラフィフのモノノフとして言わせていただくと、モノノフには馬鹿が多い。
某大企業の主催するセミナーで、突然、挨拶していた幹部が「自分はももいろクローバーZさんのファンなのですが」とカミングアウトし始めたときの衝撃は今でも忘れられない。そのセミナーの別の回で知り合った緑推しの方は、今日、会社の後押しで幕張にいらっしゃいます。後押しする会社も馬鹿だよな。でも、涙が出る。
テレ朝の小松アナとか、画面で見てても馬鹿だと思う。でも涙が出る。
世界は、金銭と商品の交換『だけ』でなんてできてない。
こうした馬鹿な人間たちだからこそ、こんなに泣ける世界なんだよ。
「アイドル」は商品です。だから「ももいろクローバーZ」は商品です。そしてモノノフは「顧客」です。
それは正しいよ。
でも、ももクロとモノノフの関係は、そうじゃないだろう。
いや、それだけじゃないだろう。
これから人生を歩んでいく小娘どもに「アイドル」をやっていってもらうためには、
私たち、モノノフにも、やるべきことがあるのではないか。とるべき態度があるのではないか。
モノノフの矜持とでもいうべきものがあるのではないか。
モノノフは、ももクロのメンバーたちの牢獄にはけしてならない。
絶対に。
ナタリーでのメンバーのコメントは、正直、僕の胸を打ちました。
今の「ももいろクローバーZ」はここで終わりです。
今日、OPENINGを迎える"次の「ももいろクローバーZ(仮)」"は、またポンコツ娘集団としてスタートします。
もうみんな二十歳超えてるしさぁ、「小娘の勢い」だけで行くには、無理があるよね。
それでもやると言うとるんです、あの4人は。
涙が出る。
運営だって何するかわからない。
また「Z」から改名しかねない。
それに、また「七番勝負」するとか、プロレスのリングに放り込むとかするかもしれない。もう、伊藤麻希が君臨し、AKBだって入り込んでるあのプロレス界にだぜ。
でも、まぁ、スタダさん、そこは頑張って下さい。ただ、モノノフが推しているのはももクロであって、スタダではないことを忘れずに。
それに世間にはもっと酷い奴らが山ほど居る。
ファンのふりをしてあれこれ憶測や流言飛語を飛ばす、自称「メディア」なサイト。
「商品」と「顧客」の関係にかこつけて、該かも"「顧客」代表"のような顔で、単に揶揄するだけの野次馬たち。
アカウント名に「有安」「杏果」を入れて、妙な情報やURLをばらまくスパムなアカウントだってSNSにはいくらもあった。
世間は、揶揄する対象、便乗する対象に飢えている。
メンバーから、有安杏果を失って、全ての楽曲がパフォーマンス不能で、茶番も収め役がいなくなって、どうしようもなくなったこのポンコツ4人娘の「敵」は山のようにいる。
一度、頂点に立った者が転がり落ちることを、楽しみのネタとする奴らは世間にごまんと居る。
でも、
いや、だからこそ、
モノノフとして、やはり、このポンコツ4人娘を推していきたい。
だから、モノノフとしてこのポンコツ4人娘の牢獄ではなく、
ポンコツ4人娘が新しい輝く4人になっていく「空気」になりたい。
ポンコツ4人娘が
恋愛も、(するんだったら)結婚も、子育ても、何もかも、
アイドルをしながら、普通の女の子の生活も全て楽しめるような、
そんな「空気」を作ることが、モノノフの責務だと僕は改めて自覚したい。
普通の女の子になりたい、という理由で、もうメンバーを失いたくない。
とはいえ、そこには限界があることもわかっています。
私たちのような所詮遠くに居る人には、有安杏果さんの葛藤をどうすることもできなかったかもしれない。けれど、それでもその空気は、より近い人たちに伝わりえたのではないか、と思います。本人にも伝わりえたのではないか、と思います。
何より、生まれてこの方、ずっと芸能界にいた有安杏果さんの心境は推し量ることすら僕にはできない。
でも、一つ言えることは、
有安杏果さん、モノノフはあなたの味方なのです。これまでも、今も、これからも。自由すぎるキャサリンがみな大好きです。
そして、あーりんやす推しだったこのアラフィフのモノノフは、
あらためてあーりんハコ推しとして、
かつて「ももいろクローバーZ」という神グループだった(今は)ポンコツ4人娘を
推していきます。
ももクロがモノノフを作った。
ももクロが(ある意味)壊れてポンコツになった。
ならば、次は、
ももクロに作ってもらったモノノフが、ポンコツをももクロにしましょう。
モノノフがももクロをももクロにするのだ。
ももクロとモノノフならば、
アイドルとファンの間にある商品と顧客の関係を超え
新たな次元を開けるはずだ。
そう信じています。
僕は2012年、『Z』が付いてからのファンなので、実は、2011年の事態については疎い部分があります。
古参の皆さん、よろしくお願いします。胸を貸して下さい。
新参の皆さんも、よろしくお願いします。
1週間くらいたって、気持ちの整理が付いたので、書きました。
では、これから、家族ケアの後、幕張に行きます。