ある禿の一日(BootCamp発表記念)

 ここに記したのは、昨年秋頃、とある政府機関で回覧された謎の文書である。
 どの政府機関かは記すまい。誰が書いたかも記すまい。反応があったかなかったかも記すまい。どれほどあたっていたかも、記すまい。
 不知詠人、である。

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〜イントロダクション〜

 2006年xx月。クパチーノには、ついに発表されるインテルMacを早く取材しようと、世界中から記者が詰めかけていた。「いろいろあったよなぁ・・・」。ジョブスは、舞台の袖で、いつもよりもっと薄くなった禿頭を感慨深げになでた。
 そう、いろいろあった。05年5月に、ジョブスはインテルチップへの移行を発表し、06年中のインテルMac市場投入を宣言していた。デモで、MacOSXインテル版を動かして見せた時には、満場のどよめきだった。しかし、インテル版のOSXファイル共有ソフトで世界中に流れ、おまけに通常のチップセットでは動かないはずのOSXがいとも簡単にパッチを当てられて普通のPCで動いていたのには、さすがにビックリした。ジョブスとインテルは、うすうす感づいていたことだが、これで腹を決めたのだった。Mac以外のプラットフォームで、MacOSXは動くようになる、と。
 ジョブスの頭は、もう、つるつるだった。インテルがちくったのか、考えることは誰も同じなのか、MSのイジメは凄かった。オフィスはもう作ってやらねーだの、買収したろうかだの言われ、果てはお前の母ちゃんテロリスト!まで言われた。でも、今にして思えば、98年の頃よりはまだ軽かったかな。最後は笑って握手したが。
 さて、舞台の幕は開くぞ・・・


〜前奏〜

 「06年はアップルにとってとてもよい年だった。今日のこの発表をできることを、私は幸せに思う」。ジョブスはいつものようにもったいつけて始めた。
 業績は相変わらず好調で、ビデオ機能付きになったiPocは市場シェアを確保していたし、iTunesMusicStoreは米欧日で好評で、ついにNIEsと中国でもサービスを開始した。海賊版を抑制するシステムとして各国政府に受けがよかったことは、アップルに追い風だった。しかし、さすがにPowerPC版のMacの売上は落ちてきていた。


〜第一幕〜

 「どんな名作も三部作からなっている。まず、OSXの最新版、Leopardを紹介しよう」。新OSなんていっても、大した機能強化もないしなぁ・・・。けっこうジョブスは冷めていた。
 確かにネットワーキング機能は特段新しいものではなかった。細かなスピードアップは、本当は使ってみるとすばらしさが分かるのだが、ちょっとばかり地味だった。フォントマネジメントをMSと再統一したのはけっこうヒットだったと思うんだけど、これも玄人受け。それよりも、iMacG5w/Cameraで導入したFront Rowを、これはOSの機能ではないといって採用しなかったのにはブーイングも起こった。
 Leopardの上で快適に動いていたiMovie Proとして、LeopardからiLifeの一員となった。「長年の友人を紹介しよう」と言って、登場したのはソニーのストリンガー会長だった。「H.264対応など、MacOSXはコンシューマとプロの境目をどんどん埋めて、映像革命に貢献している。ソニーの映像機器とのコンビは、テレビ局のようなプロから、VideoPodcasterのようなアマチュアまで、最高のコストパフォーマンスで顧客の期待に応える」。日本企業トップのドイツ人らしい、堅いスピーチだった。堅い。どうせ寒いプレゼンなんだから、以前俺が百面相やったくらいのネタは出せよ、と、ジョブスは心の中ですとリンガーをどついた。
 しかし、プレゼンしているジョブスよりも、ストリンガーよりも、観客の方がより冷めていたのは、やはりけっこう寒かった。ええい、次だ、次!


〜第2幕〜

 「次に、進化したOSXLeopardにはLeopardに最適なハードウェアがいる。約束通り、インテル版のMac、Smart Macintoshを紹介しよう」それは、どちらかといえばiMac風のクリアプラスチックの筐体に入った大きめのPCだった。「Mac用に特別にチューンアップされたチップセットを使っている。グラフィックはnVidiaの9800GTを採用している。IA64をベースにした特製チップMultiumの3GHzを採用し、ハードディスクは400Gだ。これで値段は2199ドルからだ。」と言いながら、ほとんどWindows用の部品でできてるもんな。グラフィックボードのファームウェアなんて、一つのボードの中にWin用とMac用と両方入ってるんだぜ。開発費、かかってないもんなぁ。そして、内心、「普通のWindowsもインストールできるんだよな・・・」とつぶやいていた。
 画面に「Windows」という文字が出現した。「ここで長年の友人を紹介しよう。ビル!」ビルゲイツが登壇した時、一同はどよめいた。老成したとっちゃんぼうやは、「僕は長年Macユーザだった。内緒だよ。でも一つ不満があった。それはWindowsがまともに動かないことだ」といったとき、画面の文字が「Windows Office suite for MacOSX Leopard on Intel」という文字に変わった。「今やWindowsMacでもストレス無く動く。それもMacOSとシームレスにだ。Officeのパッケージに、僕らはWindowsを同梱することにした。これで価格は従来と変わらず400ドルだ。」ばら売りはしないこととか、実は殆どコードがオフィスと変わらないことは敢えて言わなかった。WindowsAPIを細工し、MacCocoaとブリッジさせた。これだけのことで、通常のMSOfficeとWindowsよりも多くのカネをとれるのだ。だいたい、Windowsなんてもう対して売れる商品じゃないし、映画界用語で言えばマルチユースだ。はっきり言って、美味しい。
 ゲイツも、ジョブスも、しばらくすればLeopardをSmartMacではない普通のPCで走らせるためのパッチがどこからともなく流されることも分かっていた。インテルがこっそりSmartMacとコンパチビリティがあるチップセット(契約違反を恐れてCPUだけは普通のPentiumだったが、それはパッチでどうとでもなる)をアップル社以外にもこっそり流していることをどちらも知っていた。まぁ最後は、どのマシンにもWindowsMacOSXと両方乗っけてもらえればよいのだ、と割り切っていた。それ以上に、ジョブスはSmartMacがデザイン性やブランド力で十分売れると思っていた。それは4色の旗がはためいている図は創造したくなかったが。


〜第3幕〜

 「三つ目が、新しいシステムにマッチした新しいiPodだ。」といって、新たなiPodを掲げた。そのどこにもケーブルがついていない。「第6世代になる新しいiPodだ。iPod airと呼んで欲しい」と高らかにジョブスは宣言した。
 「iPod-airは、今までのiPodと同様の機能で、従来の2倍の記憶容量、そして従来の半分の薄さだ。それでお値段据え置き!」もうやけくそになっている禿は、日本で見たやたら元気のよいテレフォンショッピングの司会者(後で聞くと、その会社の社長らしい)を思い出しながら熱弁をふるった。「ネットワークは(無線LANなので)あなたのMacがAirportExpressに対応していればOKだ。ホットスポットがあれば、動画や音楽を直接受けることもできる。あなたの家のMacからでも、オープンなネットワークからでも受信できる。新たなテレビであり、ラジオだ。では、長年の友人を呼ぼう」といって、abcの会長が現れた。「abcは、iPod-airに向けて、iTunesで全ての番組をVODします。広告を見てもらえれば、無料というオプションもあります。広告オプションを選択するなら、VODが見放題で一ヶ月9.99ドルです!」会場はどよめいた。

 これでいい。ここまでディズニーやMSと渡り合ってきただけの甲斐はあった。頭が禿てもよかった。・・・と、ここで舞台から降りようとして、ジョブスは足を止めた。



〜アンコール。或いはこれが本編〜

 「いい作品にはアンコールがある」
 「ここで、新しくなったiTunesのために、コンピュータが使えない人にも使ってもらえるインテリジェントなDoc、iDocを発表しよう。400Gのハードディスク、ハイビジョン画面でH.264mpeg-4も30flpsでキレイに再生できて、5.1chサラウンドデジタルサウンドで499ドルだ」とジョブスは切り出した。実は、中身はほぼiMacG5だった。Front Rowを標準のUIとして、コンピュータのOSらしさを全部斬り捨てたiMac、或いはMac miniだった。けっこうつもりつもっていた不良在庫のPowerPCとか、不良資産がここでまた使える。画面はいらない(というか、SmartMacでも流用できる)から、499ドルで不良在庫がはければビジネス的には満足だ。
 「ここで長年の友人を紹介しよう」といって、現れたのはフィリップスの家電担当責任者、ルディー・プロヴォーストだった。「フィリップスはiDocとマッチした新たなディスプレイを発売する。世界中、ブロードバンドがあればどこででも映像コンテンツが楽しめる時代が来た。世界的に採用されているGEMベースのコンテンツであれば何でもOKだ。Macのような自由さを、テレビ画面に持ち込む夢が叶う。iDocと当社のディスプレイがあれば、今すぐにでも、世界中の数万の映像コンテンツが楽しめる。プレイリスト機能を使えば、自分の好きな時間に、好きな映像コンテンツを、数時間前のテレビ番組だろうが、友人のVideoPodcastだろうが、見ることができる。自分だけのテレビ番組表、自分だけのテレビ局ができるんだ。アップルとのパートナーシップに、私はとても満足している。」
 舞台の袖で、ゲイツとストリンガーが悶絶しているのが見える。


〜祭りの終わり〜

 幕が降りる。万雷の拍手と共に。
 アップルは、iPodを入り口にPCではないメディアセンター家電を世界に先駆けて発表できた。MSとの棲み分けと競争の枠組みも作り上げた。オフィスにあるPCは別にして、各家庭のMacOSXMacintoshのシェアは上がっていくだろう(OSXについては、Windowsのシェアと足しあわせると170近く行く当たりが示唆に富んでいるが
)。これらはすべてジョブスの功績だった。
 ジョブスはライバルをにらみつけるゲイツ、ストリンガーの視線を心地よく浴びながら、満足げに禿げ上がった頭をなでて、ほほえんだ。
 「・・・これでアップルは大丈夫だ」

・・・・そしてジョブスは静かに壇上に倒れ、その目を開けることはなかったのである。