代理出産の是非と高田・向井夫妻のこだわりと法律論

 大学で教員などをしていると、役人をやっていた時分よりは若干朝が遅くなる。するとワイドショーなどを前半くらいは見ることもあるのである。そこで話題になっているのが高田延彦向井亜紀夫妻の代理出産によるお子さんの出生届受理問題である。
 高田・向井夫妻は、夫人の子宮摘出という不幸にめげず、米国で代理出産によりお子さんを授かることができた。そこで日本でご夫妻を両親とする出生の届け出をしようとしたところ、品川区はこれを受理しなかった*1。そこで夫妻は訴訟を起こし、先頃東京高裁が品川区に受理を命じる判決を出した。法務省は、つい昨年、同様のケースで逆の判断を最高裁がしていることから、司法の統一的判断を確立するため、品川区をして最高裁に特別抗告(許可抗告?)せしめた。と、まぁこんなことである。


 これを受けて、代理出産を認める制度を作るべきかという議論が巻き起こっている。
 僕自身はこれについてニュートラルである。法務省にしてみれば、親族・相続関連の民法及び関連諸法規は出産の事実を以て親子関係を認めるという原則になっているから、原則が変わるといろいろ整合性の検証や関連の法改正があってしんどいという気持ちもあるだろう。同情するが、それがこの問題に対してネガティブであって良いという理由にはならない。
 ただ一つ、疑問に思うことがある。CX系「特ダネ!」などでは、しばしば「代理出産の制度がないのが問題だ」というのだが、これは代理出産をすることを容認すべきだという意図が混入した表現のように思える。そもそも、現時点では立法府代理出産を認めないという判断をしているのであり、これは「代理出産を認めないという国の方針は問題だ」と表現すべきだ*2


 ところが、いちおう法律ナンぞを勉強したことがある者として、一つ根本的な疑念が起きてしまった。
 民法上の特別養子制度を使えば、いちおう代理母に若干の手間はかけてしまうが、最終的に高田・向井夫妻のみを父母として、戸籍上も養子とは記載されない親子関係が作れるのではないか?*3すると、高田・向井夫妻のやり方は、子供に速やかに高田・向井夫妻のみの子供であるという法的地位を与えるという目的に対して合理的な手法ではないのではないか?と思うのだ。


 逆に、高田・向井夫妻のやり方が合理的だとすると、夫妻は何を求めているのだろうか?僕には、代理母という手法を認めろという社会運動のように思える。僕は代理母問題にニュートラルなので、こう見えてしまうと夫妻のやり方には共感できなくなってしまう。


 高田・向井夫妻はいう。子供達に、自分がどのように生まれてきたかをしっかり教えたいのだと。
 なるほど。それなら、現行法が出産をもって親子関係を認めるという立場をとることを前提とすれば、代理母が出産し手続き上暫定的に母となり、その後特別養子縁組で親子関係を確定すればよい。それが法律というフレームワークで表現したまさに事実の描写である。
 夫妻を両親とした出生届を受理するというのは、夫妻の考えるフレームワークでの表現である。ここでいう表現のフレームワークという点では、まさに言語がそうなのだが、そういう考え方に立つと、夫妻の主張は、コーランアラビア語でしか書いても読んでもならない、というのととても近いことに聞こえる。それを英語で書くことは、如何にそれが国際社会共通の言語であっても、またそれを翻訳・解釈した結果が同じになるとしても、許せないというのだから。
 ただ、僕は思うのだが、代理母から生まれたというのも、子供達に教えるべき自分が生まれた過程のとても重要な一部である。夫妻はそれを子供さんに隠蔽したいわけではあるまい。そう考えると、向井亜紀さんとの関係が「養子」と書かれることが最も不都合なことである。しかし、特別養子縁組であれば「養」の字はどこにもつかないのである。言い換えれば、夫妻の目的とする子供さんに出生のことを嘘なく伝えるという目的のために、ここで法律問題を争う必要はないと僕は考える。
 だからこそ、代理母問題にニュートラルを任ずる僕の視点から見れば、これは単なる高田・向井夫妻と国の間の「親子とは何か」に対するこだわり論争であるようにしか見えないのだ。


 人の親となり、子供のことを考える。夫妻の子供に対する教育というこだわりに、僕は、むしろ現行法は合っているのではないかと思う。それだけに、現行法をベースに、とにかく早くお子さんにきちんとした戸籍を作って上げることが、本当に子供のことを考えているということになるのではないだろうか。
 とりあえず、前進。しよう。



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*1:届け出を受理しないというのは通常してはならない行為なのだが、この場合は、現行法解釈にのっとれば事実と異なる記載であることが明らかなので、不受理が認められるケースである。

*2:こういう「言外の言」というのは大衆煽動にしばしば使われる手法であり、もちろん関係者にそんな意図があるとは思えないが、表現者としては気をつけたいところだ。

*3:意外と世間では養子制度に関しては誤解が多い。普通、養子縁組をすると、戸籍には養父母との関係は養子として記載され、実父母との親子関係は重複して残ることになる。つまり、養子になると親が増えるのだ(ゲゲッ)。特別養子縁組とは、幼くて分別つかない時に養子縁組する等のいくつかの条件を満たせば、実父母との関係を完全に切り離し、まさに養父母の実子のように取り扱うようにするという制度である。たしか、江戸時代にあった跡継ぎがない夫婦が親族から生まれた瞬間にその子をまさに我が子として受け取る「藁の上の養子」制度を現代に復活させたものといわれる。と教わったように記憶している。