中国の消費者を海賊版から救いたい

 日経新聞に拠れば、海賊版・模倣品の取締が不十分であることについて、米国を中心に日、欧、加は共同で中国をWTO/TRIPsに提訴する方針だそうだ。この件については、ただエンフォースメント不足を指摘するだけでなく、それと対になっている正規版流通規制の問題もあわせて指摘するべきだと私は考える。


 中国では、テレビに限らず、コンテンツ市場に対する中国政府の極めて強い発行規制が存在する。中国市場専門家の常識ではあるが、その中で際だって厳しい取扱を受けていたのはマンガの出版である。「ドラえもん」や「クレヨンしんちゃん」など一部の例外を別にすれば、日本製マンガの中国での出版は困難な状態におかれている。しかし、その一方で、日本のマンガを無断で転載した雑誌などの商品は市場に並んでいる。
 一般的に、パッケージ流通のコンテンツ市場においては、適正価格で安定的に正規版商品を供給することが唯一の海賊版(無断複製商品)の抑制策である。それは市場においてブランドが確立した商品の代替性が低いことと、無断複製の経済コストが小さいという理由による。したがって、正規版出版を認めないというのは、日本の事業者に対しては両腕を縛ってボクシングをやれというようなものである。
 正規版供給を規制した上で海賊版を市場から消し去るためには、コンテンツの複製を全て規制するという荒技をやらねばらない。少なくとも全ての出版社を規制することが必要だが、これすら極めて難しいのが実情である。中国は計画経済時代に各レベルの政府が自ら事業活動をすることで自活するという極度な分権システムを構築した*1が、それは現在も中央から各地方への税金配分が不全であるため健在である。この体制の下で、出版社は、各地方政府が必ずといっていいほど保有しているグループ企業の一つとして存在する。一般に、商業出版の対象となる娯楽コンテンツ産業は特定の大都市に集中する傾向があり、言い換えれば、こうした地方出版社はまともな商品力を持った出版物開発などはできない。畢竟、地方政府の公式出版物など地域の企業に無理矢理買わせてもなんとかなる商品に頼るか、それでも駄目な場合は、海賊版の発行にも手を染めることになる。
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 やや旧聞に属する話だが、9月1日、中国政府は外国アニメのテレビ放映を禁止する措置を打ち出した。これについては産経新聞が北京電影学院動画学院の孫立軍学院長に対するインタビューを掲載している(リンクはヤフーへの転載)が、そこには外国文化の中国文化への影響を制御したいという想いと、価格交渉が容易なセカンドスクリーンとして流入する外国製品のために価格維持ができないという苦しみが見てとれる*2。様々なMLでの議論やブログが指摘するとおり、本音としては産業政策と文化政策の混在したものといえそうである。
 いずれにせよ、この決定により、日本製アニメは海賊版の制御がより難しいパッケージ流通市場に依存することになる。中国が出版社と複製機の管理を野放しにする場合、そこでは海賊版商品との困難な闘いが起きることになる。
 この点を指摘する今回の政府方針は、極めて的を射たものである、と私は思う。
 しかし、それ以上に重要なことは、コンテンツ市場においては正規版流通なくして海賊版は止まらないという法則である。中国の現行の出版規制は、それが文化的配慮に由来するものだとしても、実際には産業政策的性格を持ち、さらに言えば、国内の輸入品代替産業の発展を促すというよりも、むしろ海賊版事業者の活動を活性化させる効果の方が強いということだ。マンガ産業がただでさえ損害を被っているのに、この上、仮に中国政府がDVDやVCDの発行を規制するのではアニメ産業まで同じ憂き目にあうことになる。


 日本政府は、単に中国政府の海賊版対策不足を責めるのではなく、同時に、正規版商品の流通規制を行っていることの海賊版保護効果を指摘しなければならないと私は思う。


 ある中国人の学生が「私や私と同じファンは、海賊版を買いたくはないのです。でも、それしか市場にないのです。」と伏し目がちに言っていたことを私は重く受け止めている。近年の中国政府の知財教育の甲斐もあってか、中国の消費者も正規商品指向を強めている。それなのに片方では正規版を供給させず*3、いやがる国内消費者に海賊版を買わせるというのは、やや矛盾している。中国政府の心ある政策担当者には出版規制のあり方を調整する必要性を理解してもらえると思う。

 
 いろいろ留保はあるわけだが*4、今回の提訴が、コンテンツ商品のための世界的な市場環境整備の大きな一歩となることを期待する。とりあえず、前進。



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*1:これを統御するため、中国共産党による地域を越えた幹部の異動が行われた。しかし、中央人事の対象となるのは上級幹部だけで、一般に下級幹部は地域人事の対象として叩き上げで昇進するので、地域の政財複合体は中央への表面的服属といかばかりかの貢ぎ物とを条件に温存される。この構図は、封建体制と呼んでもほとんど差し支えないものである。

*2:前者はさておき、後者については日本だって米国ドラマや韓国映画との関係で直面する、世界共通の問題なのである。その上で、市場を統合し、よりよい商品が生まれる環境を国際的に作るという考えを共有しているのだ。言い換えれば、WTO/TRIPsに加盟した段階で、その思想に対して中国政府はすでに同意しているということを忘れてはならないのではないか。

*3:正規版供給を許可しているにもかかわらず、価格が高いということならば、日本側の事業者に問題がある。それをそもそも規制しているのであれば、問題は中国政府の方にある。

*4:法的な問題としては、WTO/TRIPsにとって、貿易自由の原則も発展途上国にとって一定の例外が猶予的に認められているように、知的財産の保護が発展途上国にとって緩和が配慮されるべきものであるかどうかということを含むのかもしれない。その場合、国内で生産された知的財産無許諾利用商品が外国に流出しないことを前提に一定の配慮をするという考え方もありうるかもしれない。私はあまり賛成できないが。それに、そもそも条約上そうした留保はついていないはずだから、こんなゴネ方はそもそも許されるものではないということもある。