中央省庁はもうWordやExcelを買わない?

スラドが伝えるところでは、12/31にNHKが、中央省庁は互換性を重視する観点から、コンピューターソフトの調達対象より「ワード」や「エクセル」などを外すという報道をしたとある。


 私が在籍していた経済産業省オープンソースを推進してきたのだが、対MSという矮小な議論*1を除けば、コンピュータを構成する各モジュールを各レイヤー毎に領域分割し、その中での発展を促そうという考えであるように思える(これは特定の事業について水平分離型の構造を意図的に導入する戦略と通底するものがある)。僕もその意見に原則として賛成である*2。そして、その中で、アプリケーションソフトというのも一つの領域と考えることができる。
 この視点に立つと、特定のアプリケーションにシステム全体がロックインされることは極めて大きな問題に見える。それだけの理由で、NHKが伝えることに総体としては賛成だ。


 経済産業省時代に、僕は、やるべきことは標準ファイル形式を規定することであり、特定のアプリケーションを指定する必要はないと訴えた。もちろん、関係者の採るところとはならないわけだが*3。だから、僕が主張することは、WordやExcelを調達対象外にするのではなく、特定のファイル形式を標準とすることで、調達対象を適切に拡げることである。
 標準ファイル形式を読み書きできさえすれば、後はソフトとしてのコストパフォーマンスを競えばよい。そうすることで、僕たちのユーザ環境はずいぶん変わる。ちょうどメーラーの状況がそれと似ている。POP3IMAPなどの標準プロトコルさえサポートしていれば、どんなソフトでも構わない。それが、メーラーを意外とバリエーション豊富なものにしている。もちろんOutlook ExpressやMailをつかってもいいのだが、Thunderbirdを使っているユーザも多いし、Eudoraだってそれなりに健在である。
 webブラウザもそれと似ているかもしれない。しかし、webブラウザについては、各ブラウザがサポートする勝手拡張HTMLが広がってしまったという点は問題だろう。残念ながら、見識が低いユーザは、自分の使用環境が全てであると勝手に思って標準に従う努力をしない*4。本来は、そのソフト独特の機能を使おうとしても、結局は標準ファイル形式に反映できないものは使ってはいけない機能なので、そこは割り切らざるを得なくなる。


 すでに政府を離れた今となっては、この方針がどこから来たのかを特定することはできない。ただ、スラドが指摘するように、WordやExcelを調達しないということと互換性の議論とは必ずしもうまくかみ合っていないし、僕が見ても結論としてWordやExcelを調達対象から外すという結論にはならない。またどこかの役所の嫌MS派*5が蠢いているのかもしれない。
 ただ、MSが嫌いなのは別にいいが、排撃的な態度や感情的な屁理屈、或いはアピールしさえすればよいといった無責任な成果主義ではなく、より広い視点から筋が通った結論を出すべきだと思う。それが専門性を発揮することを期待された政府と政府関係者がするべきことだろう。




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*1:個人的な意見としては、政府が特定の企業をねらい打ちにする政策を採ることは、国際的な視野から産業の発展を考える視点に立てば、たいがいの場合、無意味なバイアスを生むだけなので止めた方がよいと考えている。もちろんオープンソースが含意するものはこれだけでない。ただ、政策の現場では、執拗に対MSを言い続けることで関係者を説得しようという傾向が一部にあることも事実であり、それについては矮小な考え方だと言わざるを得ないと思うのだ。あくまで個人的感想だがね。

*2:これに対して、議論の前提となるレイヤー構造というのもごく暫定的な構造に過ぎず、むしろそれが融合した新しい構造の中にさらなる発展の可能性があるとして、この領域分割を否定的に捉える見方もある。僕はそれを否定するわけではない。だから、「原則的」なのだ。ただし、それを肯定するのは、レイヤー分割型とレイヤー統合型の二つのソリューションがユーザーから見て同程度のストレスで選択できる状態にあることを前提として、である。

*3:その理由は様々である。僕がこうした主張をする理由の大きな一つは、僕自身がMacユーザであるというごく簡単な事実がある。職場がPCを定め、OSを定め、アプリケーションを定め、それは僕にとってとても不自由なことと映ったからだ。しかし、むしろそういうものを全て決めてもらって、自分はその操作法を覚えるだけにしたいという職員も相当数いることは確かである。また、特にセキュリティの問題が大きく浮上してからは、そもそもクライアントを何から何まで管理したいという職場組織側の要求も強まっている。ま、だったら全部シンクライアントにすれば?って考えたりもするのだが。

*4:見識が低いと敢えて厳しいことを言ったが、こういう傾向は日常ごく普通に見かけるものだ。自分を常に「普通」と考えて、実際に「普通」はどのようなものであるのかとか、自分以外の「普通」はないかとか考えたりしないことととてもよく似ている。

*5:僕もMSは基本的に嫌いなのよ。でも、MSを批判しさえすればよいとは僕は思わないだけ。MS嫌いと嫌MS派とはちょっとスタンスが違うと思う。