善意への期待、リスクの算定

http://images.apple.com/jp/ipod/images/indextwirl20060912.png  http://www.emigroup.com/EMI/Images/emilogo.gif
 iZAITmediaNewsが報じるところでは、EMIがiTunesStoreでDRMのないAACフォーマットの曲の販売に踏み切るらしい。ジョブズの「やってもうた発言」に、まともに反応するメジャーレーベルが出た格好だ。
 こう書くとCopyleftersからや〜いプロビジネス野郎が読み間違えたぁ!!!と揶揄されそうだが、正直言って、このタイミングでメジャーレーベルから反応する会社が出るとは思わなかった。正直、読み違えた(笑)。P2Pファイル交換に始まり、インターネットそのものを悪の巣窟のように、つばを吐きかけんばかりだった頃からはまだ10年も経っていない。


 文学的にいえば、業界は善意に期待しているのかもしれない。音楽を愛する心というヤツだ。実に美しい話である。心のライツマネジメント、HWRM(Heart-Warming Rights Management)とでもいうんだろうか。かつてヤクルトに在籍していたヤスダ投手は、「打たないでください、打たないでください・・・見のがして下さい、見のがして下さい・・・*1」とお願いしながら飛んでいく魔球を編み出した*2が、それに似たとても素晴らしい話である。もっとも、その魔球はオーヤ捕手に一言の下に否定し去られたのだが。


 経済学的にいえば、要は歩留まりの問題だ。コンテンツがデジタル化されている場合、それを限界費用ほぼゼロで複製頒布することが可能なので、無限のコピーを生む。ただし、実際にはそうした無料のコピーに出会う機会は限られており、つまり、複製の限界費用はほぼゼロでも、それを獲得する機会費用がかかるので、全体としての入手コストはゼロにはならない。ジョブスが指摘する、なんのかんの言ったってDRMかけてないCDで音楽の90%は売られてるじゃんかよぉ〜、というのはそのことを指す。
 そこで、SD曲線は一定のところで均衡するわけだが、問題はどこで均衡するかということになる。
 プロビジネス野郎である僕は、けっこうゼロに近いところに寄るのではないかと思ってしまう。理由はこうだ。確かにジョブスが指摘するようにCDはDRMがないのだが、P2Pで音楽をばらまくためにCDをいちいちリップするのは本当に手間なことで、それだけしきいが引き上げられているわけだ。他方でiTSで購入した楽曲はまんまファイルなので、共有すれば一発だ。つまり、CDはDRMレス販売ではあるが共有コストはかなり高く、他方でネットワークによるDRMレス販売はそれに比べて共有するコストが圧倒的に低い。だから今はけっこう高コスト側にある均衡点が、これでぐぐっとゼロ方向に振れると見ているのだ。
 もちろん、これに対する反論は多いだろう。例えば、共有されるべきファイルは別に特に共有のためにリップされたものだけではなく、というかむしろそれはマージナルで、そもそも自分がiPodで聞くためにリップしたものが共有されるものが多いという指摘もあろう。確かに、そう考えれば、今でも十分共有コストは低く、したがって現時点での均衡点はさほど動かないともいえそうだ。
 しかし、加えて、僕はEMIがDRMレス販売をすることが、その共有を認めたということだと理解されるのではないかという危惧もしている。心理的コストが下がるということだ。DRMを外してHWRMに移行するはずが、DRMがなくなることをもってなによりそのHWRMまで外れるということになるのではないかという危惧だ。だから、この結果がどうでるか、スマンがよくわからないのだ。このようにマイナスな要因とプラスの要因が錯綜しているのでは。


 こうした懸念を裏付けるかのように、EMIのDRMレス販売は3割ほど高く設定される。これはリスク見合いのプレミアなのだが、要はその範囲内に収まってくれるかどうかだ。僕は音楽を愛する人達のこころのHWRMが効いて、或いは音楽泥棒が僕の予想以上にものぐさで*3、結局はこのプレミアの範囲内に収まってくれることを、僕は期待している。心から。


 しかし、いずれにせよ、こうした楽曲販売価格の低下は、コンテンツ産業の収入減少に繋がりかねない。それが単にメディア産業の収益減少で済めばいいが、そうはいかないだろう*4。それを埋めるのはコンテンツ産業側のビジネスモデル調整による収益機会開拓であり、そうなるとやはり多様なビジネスモデルを描きやすいアーティスト産業部門がその調整の核となるはずだ。
 実演家の産業にもう少し世間の注目が集まってよいと思う。


 今年は大学院で実演家産業の講座を秋学期に開講するつもりだ。答えが出るとは期待していないが、適切な問いかけになれば望外の幸せだ。そんな風にも前進していく。




.

*1:この部分はいただいたコメントに従い、後日修正した。

*2:いうまでもないが、「頑張れ!!タブチ君!!」のネタである。

*3:ものぐさであれば、機会費用は主観的に大きく勘案され、結果的にしきい値を大きく上げることになる。

*4:コンテンツ産業は収益過程的にメディア産業の二次的産業である。メディア産業が収益減を自分たちの問題として受け止めて、それをコンテンツ産業に転嫁しない、などという美しいシナリオを想定することは、如何に楽観的な僕でもできない。