違法ダウンロード罰則規定の整備に関する若干の意見

 さて、本件については先月、報道を受けてひとしきり祭りがあったところであります(報道のまとめについては→ こちら)。GW明けに向けて何か動きがあるかなぁとか予感がするので、とりあえず自分なりに考えをまとめておく気になったので、久しぶりにブログ更新いたします。こういうことはTwitterではやりにくいですからね。

 まず、結論から言うと、現時点の案には反対であります。

 というと、「では、違法ダウンロードの横行に手を加えて見ていろと言うのか」という、これまたコンテンツ産業側に立つ身としては肯定できない脊髄反射的反論があるので、詳しめに自分の考えを書いておきます。


 まず、報道された以下の点をとりあえず前提にします。
 ■今回なされようとしているのは違法ダウンロード行為に罰則を付ける措置
 ■今次著作権法改正案を、自民、公明及び(賛成に転じた)民主党の議員提案にあわせて修正し、今国会で可決、成立させる。
 ■罰則は「2年以下の懲役または200万円以下の罰金」


理由その1:「その事実を知りながら」の解釈が不透明であること
■「その事実を知」ることには著作権者の意思表示が要ること
 著作権は私権であり、その限りにおいて権利行使はまず権利者の意志によることは当然です。ですから、その裏返しとしての違法行為処罰が権利者の申立てを待って行うことも、当然だと思います*1
 同時に、この権利者の意志は違法行為段階の犯意の前提としても必要だと小生は考えています。なぜならば、少なくとも現在の著作権の利活用の社会的バランスは、著作権者の黙認は権利不行使であるので不可罰ということを前提にしているからです。これは著作権の発生に無方式主義を採用し、かなり広範囲に権利性を認めていることの帰結だと思います。
 「違法ダウンロード行為」を規定する著作権法第30条第三号にある「著作権を侵害する自動公衆送信⋯を、その事実を知りながら行う場合」について、「その事実を知りながら行う」には、その前に行為者に対して届く形で、或いは少なくともそう擬制し得る方法で、権利者の意思表明があることを要求することになると思うのです。
■行為時前に「その事実を知」ることの難しさ〜罰則規定は実は空振りか?
 「その事実を知りながら行う」行為という規定は実はけっこう権利者の側にもハードな内容だと小生は考えています。まず、これはダウンロード時の認識を問うている*2ので、ダウンロードした後にその事実を知っても意味がない。でも、個々のダウンロード行為はどんな技術的措置を講じてもダウンロード「した」ことから明らかになるのであって、ここに大きな罠があります。つまり、権利者はおおよそまともな方法ではこの条文では違法ダウンロード行為を告発しようがない。
 権利者としては一つの方法が出来ないでもない。それは、自身のサイトで違法アップロード元を指摘したり、逆に全て違法とした上で合法的にダウンロードできるところを指摘することです。これは権利者としては精一杯のことでしょうが、逆に、行為者の側としては自分がこれからダウンロードするコンテンツの権利者が誰でその意思表示サイトがどこかを要求されるわけです。行為者にこれを実行することを、権利者の意思表示だけで「その事実を知りながら行」ったという認定の大前提として求められるかというと、これまたけっこうハードルが高いと思います。
 つまり、この状態で罰則を付加しても、適用のしようがない空振り規定になる可能性があります。小生は、その可能性は強いと思います。
■危険な解釈が発生する可能性
 さて、ここからは法律の解釈ではなく捜査や刑事訴訟の実務が絡むので、小生としてはやや想像も加えながらの話になります。詳しい方がいれば、コメントいただきたいところです。
 権利者側としてはこの罰則を適用したいと思うわけで、条規解釈のように厳密には解さず、例えば「ダウンロード元は違法サイトとして有名だ」とか、「ダウンロード元が違法アップロードであることは報道されていた」とか、或いは権利者が公開の意思表示がしていたことをもって権利者は警察に「告発」することになると思います。
 上に書いたことは小生の解釈にすぎず、実際の判断は裁判所が行います。
 しかし、その前提として、「告発」を受けて実際に捜査し、起訴するかは警察及び検察の仕事であります。警察及び検察が抑制的に振る舞ってくれればいいのですが、権利者に「告発」され突き上げられ何もしないわけにもいかなくなって、解釈の余地も広いことだし、裁判で十分説明は出来るとかなんとか思って起訴された日にはたまりません。まず、裁判所が行為者について「報道もあったし、行為者の意思表示もあったし、行為者は事前に知り得たはずだ」みたいな「その事実を知りながら行」ったかに関する緩い判断をする可能性がホントにないとはいえませんし、仮に裁判で無罪にはなったとしても「人柱」がでるわけですから。
 これは慎重論の一部にある、警察にHDDなどを押収させる根拠になるのではないかという話と通底する話であります。小生の関心はコンテンツ産業の環境整備に集中していることもあり、小生自身はあまりここを気にしてはいませんが、ここもそもそも本規定を具体案に適用するときに別件逮捕的に緩く適用するのではないかということに対する危惧であるように思います。
 ただ、これは警察や検察を批判しているわけではなく、こんな解釈の難しい案件を持ち込まれるのはたまらないだろうな、とやや同情していると思ってほしいです。
■つまりは
 本来、この規定をワークさせるためには、権利者に不可能とも言える負担を求めるような個々の行為者への事前通知を前提とせず、逆に行為者への不可能とも言える負担を求めるようなコンテンツの個々の権利者の意思表示の事前確認をも前提とせず、個々の行為者が個々の権利者の意思表示を知りうる環境整備が要る、と小生は思っています。もっともシンプルなものが、極々通常の負担で両者の間をつなぐシステム、つまり公的なコンテンツデータベースなんだろうと思うわけです。これについては「コンテンツの任意登録制」という言い方でもう10年位叫び続けているので、ここで敢えては再論しませんが。
 いずれにせよ、そうした環境整備がない状態で、これに単純に罰則規定が付けられ、具体的刑事裁判に持ち込まれることは、利用者の法的立場を不安定にするだけだと思います。
 まぁ、考えてみれば、こんな環境未整備な状態で現行第30条第三号のような規定を創設したのは、罰則がないからこそ許されたのだろうと思っている次第です。罰則を本当に作るのであれば、本来ならこの第30条第三号の規定そのものが問題にされるか、罰則の適用対象を第30条第三号からさらに絞り込むことになるかと思います。


理由その2:罰則の水準が高すぎること
 これは刑事法上の罪数論とも絡む所ですが、違法ダウンロード行為1回を一罪とすると、その行為で侵害された法益の大きさは、原則としてそれが正規に販売された場合に供給側が得られたであろう価額に留まると考えるべきです。音楽CDはもとより、書籍や映画、テレビゲームでも、頒価が200万円と比肩しうる商品なんてそうそうないと思います。
 いやいや、社会的秩序の毀損行為はそうした私権の侵害量に還元できないという意見もありうるかもしれません。しかし、電気事業法第115条にある「みだりに電気事業の用に供する電気工作物を操作して発電、変電、送電又は配電を妨害した者」でも「2年以下の懲役又は50万円以下の罰金」ということで、今回の提案より上限が低い。どちらが社会的秩序を毀損したかと問うまでもないと思います。
 なお、小生がこう反対するのは、そもそも違法アップロードが罰則をもって規制されているからであるのはもちろんです。一つのダウンロード行為が仮に違法であったとしても毀損される量は小さいですが、違法なコンテンツのアップロード行為は一つであっても多くのダウンロード行為を可能にするわけですから、より重く処罰されることは理解できます。また、アップロード行為はコンテンツの発信側に立つわけですから、適当かどうかは別として、産業界の一員としての負担を要求されるのも納得です。


理由その3:プロセスがおかしいこと
 国会に提出する法案には、大きく分けて内閣提出法案(通称:閣法)と議員提出法案(通称:衆法、参法、総称して議員立法)とに別れます。これは法案提出責任の違いから、そのプロセスも異なります。
 閣法は、各省庁の役人が企画、立案するもので、ただし役人自身には世の中に対する正統性がないという認識から、だいたいの場合は有識者や関連業界代表、消費者代表といった人々の合議による賛成を取り付けます(いわゆる審議会行政)。その後、内閣法制局の審査を受けて詳細な条文の詰めを行い、またそれと一部並行して各省庁に法案を提示して他の諸法との整合性をチェックします(いわゆる各省協議)。確かにアグレッシブな法案は出にくいですが、罰則水準や作ったはいいが使えない法律にならないかとかいうことはかなりチェックされますので、細部についての安心感はあります。
 議員立法は、国会議員が独自に企画、立案するもので、一定数(予算非関連法案で衆院は20名以上、参院は10名以上。予算関連ではそれぞれ50名以上、20名以上)の議員の署名を集めて提案されます。その過程で、衆院参院それぞれの法制局が法案の詰めをお手伝いしますが、各省協議のようなプロセスはないので、どうしても詰めは甘くなります。それゆえ、議員立法は「死んだ人間を生き返らせること以外はなんでもできる*3」と言われるくらいブレークスルーな立法がある反面、細部の安定性は低くなります。
 その善し悪しはともかくとして、両者にはそうした性格と責任の違いがあります。報道では、違法ダウンロード罰則規定整備については議員立法であるわけですが、それを与党が賛成したからといって、閣法としての検討をせずに、閣法である著作権法改正案に追加することは、その責任の所在を混乱させる極めてスジの悪い提案だと思います。自分が内閣法制局長官であれば、内閣法制局の審査を経ていない法案を閣法として提出することは、命を賭けても、もとい、少なくとも辞表を賭けて反対するべきことだろうと思います。


 というわけで、まとめてみれば、こういう理由で小生は報道されるところの違法ダウンロード罰則規定整備には反対なのです。では、これを全部クリアすればどうなるか。例えば、報道されている内容ではなく、
 ■違法ダウンロード行為に罰則を付ける措置を講ずる
 ■今次著作権法改正案は修正せずと議員提案は別ラインとし、計画された順に今国会で可決成立させる。
 ■罰則は次のパターンのいずれか
  ・処罰対象は公的意思表示機関*4に登録されダウンロード禁止(限定的にダウンロード=入手可能であるサイトがあればそこへのリンクも掲載すべき。これを「義務化」するかは判断。)と表明されているコンテンツに限定し、罰則水準は「10万円以下の罰金」
  ・処罰対象を常習の場合(摘発前に一定回数の事前警告を法定)に限り、罰則水準は「2年以下の懲役または100万円以下の罰金」(水準についてはもっと検討する必要があるけど)
 だったとしたら⋯。まぁ具体的規定を見ないと賛否は決められないのですが、たぶんこのラインなら賛成するだろうと思います。悩ましいけれど、きちんと配慮をした規定であれば利用者側に罰則をかけることもあり得ると小生は思っておりますので。これで消費者が離れ、産業として自殺行為だという意見もわかりますが、それは一義的には供給側が権利者としてどう対応するかの問題で、ストレートにいえば産業の自殺行為もまた産業史の一ページとして否定はできないところではあると思うからです。また、「ユーザー無罪」というのが、自分もユーザーとして、やや身勝手かとも思うところでもあります。


 さて、縷々書き連ねましたが、議員立法ということもあり、小生は何も知らない本件ですが、さて、何が出てくるんですかね⋯


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*1:その意味で、報道の「ネット上の反対が大きいことと、国会議員慎重派の意見に鑑み、親告罪とした」というのは明確に誤りだと思います。

*2:著作権法第30条三号は「自動公衆送信⋯を受信して行うデジタル方式の録音又は録画」で、一度ここをクリアすると、そこから連鎖する複製は「自動公衆送信⋯を受信して行うデジタル方式の録音又は録画」には当たらない単なる著作物のデジタル複製なので、すでにそれが私的使用を目的とする限り私的複製として第30条でOKだからです。

*3:かつては「男を女にすること以外はなんでもできる」と言われていたが、2003年に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が議員立法で成立したため「男を女にすること」もやってのけてしまった、という逸話がある。

*4:公設である必要はなく、民間が設立したものを指定するのでも可。ただし、一覧性(一つのURLを叩けば全ての民間機関のデータベース内容が一度で検索できる)は最低限求めたい。