お月さまほしい

中島みゆきのNewアルバムが出た。CDを買っても、すぐiTunesリッピングして現物はお蔵になるので、最初からiTSで買ってみた。


タイトルは「ララバイSINGER」、中島みゆきらしくない小品集である。
TOKIOが歌った「宙船(そらふね)」。「見返り美人」以来のメロディアス&シャウト系であるが、それ以外、初聴で印象的な歌はない。それゆえ、小品集と言って良いと思う。
しかし、それはこのアルバムが駄作だというのではない。むしろ、聞いているうちにその良さに気づく歌がいくつもある。いや、聞き込むほどに耳から離れなくなる歌ばかりだ。


「Clavis−鍵−」。「宙船」ほどではないが耳に残る歌である。特にサビへの導入として転調点になる「七重八重、十重(に)二十重に」の行は、とりわけ耳に残る。このサビはとてもよくできていて、転調前後の違いが際だち、ひょっとしたらこのサビ部分だけ何かのCM用に起こした独立のものではないかと印象を受けるほどである。


「とろ」。面白い。そして、歌詞に哀しみの落ちがない。テンポがよいコミカルな曲調で日常をオチなく表現する歌は、ドラマツルギーを持ち味とする中島みゆきらしくない。らしくはないが、不思議な魅力がある。


「重き荷を置いて」。何ということはない歌なのだが、「がんばってから死にたいな」という言葉だけが妙に耳に残る。前後の文脈はわからないが、「がんばる」ことと「死ぬ」ということがうまく繋がらなくて、感覚的に、悩む。


「ララバイSINGER」、表題曲である。「歌ってもらえるあてがなければ/人は自ら歌びとになる/どんなにひどい雨の中でも/自分の声は聞こえるからね」。名言である。名言だが、悲しい一人遊びである。


しかし、悲しいのは、最も胸を打ったのは、それではない。
「お月さまほしい」。この歌を論評する言葉を私は知らない。奇妙なメルヘンである。中島みゆきというよりは、谷山浩子が好むモチーフかもしれない。
ワンリフレインのサビに向かっていく、一直線の歌詞。ありがちなパートの繰り返しはない。そのことが、この歌がとても特殊な、節はありすぎるくらいあるのに、あたかも詩の朗読のような不思議な感覚を醸し出す。
「君をかばう勇気もなぐさめも/何ひとつ浮かばす見送った/己れのなさけなさにさいなまれて/君に何か渡してあげたくて/何かないか何かないか探し回ったんだ」。誰しも一度は覚えがある、人生の悔いそのもののような、欠落感。その主語は、「私」なのだろうか。
「夜中の屋根で猫は跳ぶ、呼んで跳ぶ、泣いて跳ぶ」
「君に贈ってあげたいから/お月さまほしい」
その主語は、猫なのだろうか、「私」なのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。
「お月さまほしい」
この叫びは、なぜだろう、言葉の意味を越えて、あまりに、せつない。
僕は、言葉を失った。



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